
スマートツール株式会社
三輪 哲久
身近に会える社長で在る
コロナ禍を経験し、デジタルが便利であることは間違いありませんが、その反面、より一層アナログの大切さを実感する今日この頃。バランスよくデジタルとアナログの融合を図っていきたい。だって、時にはしょうもない話も必要だったりするじゃないですか。疎遠になっていくのではなく、誰もが新しいスタッフを知り、積極的なコミュニケーションを図っていけるそんな会社で在りたい。同好会を結成しフットサルやゴルフ、ボウリング等を通してみんなと交流しながら楽しいスマートツールを目指しています。およそ220人のスタッフと身近に会える社長。そうじゃないとついてこないでしょ?
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プロフィール
生年月日 | 1976年9月1日 |
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出身地 | 岐阜県各務原市 |
尊敬する人 | 孫武、孫正義 |
特技 | ゴルフ |
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休日の過ごし方 | 子供と電車旅、旅行、ゴルフ |
好きな食べ物 | 餃子、ちょい飲み居酒屋の梯子酒 |
ヒストリー
幼少~学生時代
小学校の時はボーイスカウトをやっていてキャンプ場で飯盒炊爨をしたり、バーベキューをしたりしていました。でもそれ以上に僕の子供時代の中で一番思い出深いのは高校生の頃。陸上部で、気づけば部長をやっていたんですよね。3年生になると顧問の先生が転勤。不在の中12~13人いる部員をまとめるのに、優しい性格が故苦戦したこともありましたが、今思うと、人をまとめる基盤がここで勉強できたのだと思います。the青春時代を過ごしたという感じ。大学時代には兄と携帯屋を始めました。まさにこれが起業の原点。所属していた落語研究会の部室が携帯屋状態になったことも懐かしいですね(笑)
社会人時代
1年間、商品先物取引の会社に入社。飛び込みや電話営業をやっていましたが、ふと、これって真っ当な仕事なのか?と疑問を抱き、携帯電話ってまともな商売だと気付いて携帯屋に戻ったんですよね。それからは、当時J-PHONEの一次代理店になれる契約をとり、うちのグループで22店舗にまで展開することに成功しました。しかしながら、会長が亡くなって会社を売却。その時に、コソコソ別会社で別のビジネス、漫画喫茶、オオクワガタや、わさび農園、空港駐車場、リサイクルをやっていたり…海外でだまされていたり…(笑)そんな経験を重ねた過去があるからこそ、携帯電話のビジネスを改めて良いビジネスなんだと確信しました。
社長になって
会社売却の2か月後、携帯アクセサリーの販売店舗を営業していた現社スマートツールが2013年イー・モバイルの一次代理店になることができ、イオン・アピタ等の商業施設で販売すれば勝算があると思いイー・モバイルショップ展開、そこでまさかのイー・モバイルとウィルコムが統合しワイモバイルブランドへ ソフトバンクショップ・ワイモバイルショップを展開として舵を切り、経営・行動方針を掲げました。その中身は、孫子の兵法をビジネスにおける戦い方のノウハウに当てはめて作った“スマートツール25の兵法”をはじめとし、求める人物像、収益ロジックツリー、販売風林火山を取り決めポスターに落とし込み、全スタッフが同じ方向を向き同じ想いで駆け抜けられるよう可視化してあります。
メッセージ
今後の目標
ズバリ3つ。ソフトバンク、ワイモバイル、顧客満足地域No.1のショップになること・5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)活動の徹底をすること・2022年までに50店舗を出店することです。
これを叶えるために、まずはこれまで蓄積してきたハイパフォーマーに共通して見られる、高い成果につながる行動特性を標準化していきます。いわゆる、コンピテンシーです。また、ソフトバンクの研修制度も活用しながら自分たち自身も、お店も、そして会社も成長していき、皆が本当に求めるものを目指していきます。具体的には、面談、フィードバックをしながら一人ひとりにカスタマイズしていく形を自然に取り入れていこうと思います。また、最終的には人事評価制度に取り入れて給与にも連動していく方針です。
学生へのメッセージ
僕の実体験から2つ。
1つ目は、しょうもない事でもやり続けること。どんなしょうもないことでも、“くそ一所懸命”やることが大事だと考えています(笑)好きなことをやり続けるスキルって自信に変わるんですよね。
2つ目は、夢や目標は書いて明示すること。僕は、24歳の時に10年後の自分の目標を書いたんですよ。やっぱり、書いて明示することは達成しますね。脳がそういう風に動くんだなと思います。